4月27日に、足利にいってきました。うちから車で1時間半くらいです。
足利フラワーパークにいって、金山城と唐沢山城を見る予定だったんですが、時間がかかったので唐沢山城は見られませんでした。

まずは足利フラワーパーク。監督ご名答でした!
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藤ですね。

ここはなんだかGWになるとすごい人であるらしくて、こんどおばあちゃんを連れてこようかと思って、どんな感じか偵察に来たんですが、わたしとしてはいまいち。

①高い。(1人1800円。でもおばあちゃんは金持ちなので別にいいのかも。)
②人多すぎ。(GW本番だとこんなものではないらしい。車はすぐ駐車できたのだけど、GWになると、とめるのに並ばないといけないんだって。)
③けばすぎ。(ツツジ赤すぎ。あと、藤の花の匂いって、嫌いじゃなかったんですが、あんまり匂うので気持ち悪くなった。)
④暑すぎ。(これはフラワーパークのせいじゃないけど。30℃あった。)

藤については、でっかい盆栽みたいだなと思った。

でもまあ、老人と外人がたくさんいたので、おばあちゃんにはいいのかもしれない。

わたしとしては、笠間稲荷の藤棚の方がいいかなとおもう。タダだし。

で、藤を1時間半くらい見てから、金山城へ。
金山城は、由良(横瀬)さんのお城ですね。
横瀬氏は、岩松氏(新田氏支流)の家来だったんですが、下克上して主家を没落させて、由良氏に改姓して自立しました。
ちなみに、由良氏は小田原征伐(1590)の後に牛久5400石をもらって、牛久城に行きました。その後、関ケ原の時に東軍について加増されて7000石になったそうですが、1621年に由良貞繁が嗣子なくして死亡、弟が継いだのですが、お目見えしてなかったので1000石に減知されたそうで、その時にたぶん牛久城は廃城になったものと思われます。
その後は、高家旗本として維新まで存続してます。1000石になっちゃってかわいそうですが、岩松氏は120石とかだったので、だいぶましですね。

というわけで、由良氏の本拠金山城ですが、群馬県太田市金山町にあります。足利から車で20分ほどです。
標高223mですが、けっこう大変な山城です。けど、上まで車で行けますw

案内板
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赤丸のところが駐車場です。
尾根づたいに、見附出丸、西城、西矢倉台、馬場(廓)、大手虎口と続きますが、大手は、月の池から降りていく谷沿いの廓のようです。

まずは見附出丸。
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上から見下ろしたところです。
写真右下の案内板のあたりに出丸に入る虎口(北虎口)があります。写真には写ってないですが、南土塁の左側にも虎口(南虎口)があります。
柵が立っているところが南土塁で、この柵は発掘調査で出てきた柱穴列の上にあわせて立ててあるそうで、ほんとにこんな感じで柵が立っていたようです。土塁の外には堀切があります。
見附出丸

出丸を外から見たりもしたかったんですが、時間が押してるので実城の方にいそぎます。

見附出丸から西城への虎口。
西城虎口
ピンボケちゃいましたが、喰違虎口というやつです。青い矢印が敵の侵入経路です。
通路を曲げて横矢をかけやすくしてるわけですね。
ちなみに、食い違いの土塁のそれぞれに門を付けたりすると枡形になります。
①と②が食い違いの土塁、③のところに堀切があります。

上の③の西城外堀切
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西城自体は、ただの曲輪で、よく見てないですが特に面白いものはなさそうでした。

西城南側土塁を内側から。
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さて、西城を過ぎて尾根伝いに進みます。
案内板。
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いちばん左(西)から進みます。オレンジ色の道が整備されています。

西矢倉にいたる道
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で、橋の先が西櫓台。
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橋の先を右に折れると四つあるうちの最初の堀切。西櫓台西堀切。
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ちなみに、堀切というのは、尾根を横に切るように掘った堀です。
郭と郭を区切るような堀ですね。
進行方向に平行に掘った堀は、単に堀といいますが、特に横堀ということもあります。郭への侵入を防ぐ堀ですね。
また、山の斜面を迂回させないように、斜面の上から下に向けて掘ったものを竪堀といいます。
さらに、山城の場合、自然の崖を利用して、急角度の絶壁を作る場合がありますが、これを切岸と呼びます。
以上、堀関係の用語でした。

西堀切の説明板。
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説明が懇切丁寧なのでいうことないですね。
堀底に石を敷くというのは、防御的には有害かと思いますが、便利のために敷いたのかな。

西堀切を下っていくと、桟道のスタート地点。
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桟道わたりたかったけど、壊れそうだったのであきらめました。

で、上の道に戻って、少し進むと二つ目の西櫓台下堀切。
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下ってみるとこんなかんじ。桟道の終点が見える。
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こっちの堀切は、石が敷いてなかったので滑ります。やっぱり土に枯葉の方が防御的にはよろしいかと。あと、スズメバチがいてびびりました。

さて、西櫓台を過ぎると、馬場という場所の下にでます。
今までは、よく整備されていますが、まあ普通の山城っぽい感じでしたけど、ここからいきなり石垣が出てきてびっくりしますw
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馬場下通路説明。
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一般に、関東の戦国期のお城では、石垣が使われることはほとんどありません。
土塁です。西の方だと石垣が使われることもありますが、それでも石垣がばんばん使われるようになるのは織豊政権のお城からです。

ですが、このお城と近くにある唐沢山城は、関東ではめずらしく石垣が使われているんですね。
なぜ可能だったのかはよくわかりません。穴太衆とかとコネでもあったんでしょうか。

馬場下通路前の土橋から左を見る。これが切岸です。
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馬場下の虎口。
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仕組みとしては単純なただの虎口ですが、石垣なので威圧感があります。

馬場下通路の虎口を上から見たところです。
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ここから石を落したい。

馬場下通路の虎口を入ると、復元木橋。
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橋の上から下を見る。
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橋の先は、帯曲輪みたいになってて、建物が建ってたそうです。
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奥から橋を見たところ。建物跡は発掘で礎石が出てきたそうです。

一段高いところに、馬場があります。
馬場という名前ですが、馬場だったわけではないでしょう。狭い曲輪です。
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一段登って、左手(来た方)を見る。

上から木橋のところを見る。
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右手はこんな感じ。
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馬場の櫓台からの眺め。群馬の方向。
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東京の方向。晴れてるとスカイツリー見えるらしい。
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で、馬場曲輪が終わると、いよいよ大手虎口なんですが、その前に大堀切。
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馬場曲輪から大堀切を見下ろしたところ。

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左側を見る。

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右側を見る。ちらっと大手虎口が見える。

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大堀切の説明。

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馬場曲輪から大手虎口を見る。

横から見た大堀切。
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大手虎口。自然地形で、谷になっているところに作ってるようです。
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大手虎口アップ。両脇の溝は排水路です。
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石垣は、排水をしっかりしないと、裏に水が入ってすぐ崩れちゃうので、排水にはだいぶ苦労しているようです。ここは谷なので、水がよく集まってくるようで、排水路が立派です。

虎口の絵
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わりと面白い形ですね。

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上から虎口をみる。

虎口の一段上。
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虎口の上は三の丸。今は新田神社の社務所で立ち入り禁止。
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大手虎口の正面奥には土塁。
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なかなか大変だったようで。

正面の土塁の後ろには日の池があります。
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大手虎口奥の土塁を後ろから見たところ。
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大手虎口奥の土塁の北側虎口。
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土塁上から大手虎口を見おろす。
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長くなったのでいったん切ります。

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