きのう、ビールのみながらチャットしてて、むかし(中高生の頃)、よく友だちにテープあげたりしてたよねって話になって。テープっていっても、今の若い子はわかんないかもしれませんが、カセットテープにおすすめの曲なんかを録音して、友だちにプレゼントしたりするわけです。手書きで、ちょっとポエムなライナーノーツを書いちゃったりしてね。きゃー。きゅんきゅんする。

それで、うわ、なつかしと思って、むかしテープをもらったときの手紙なんかが見たくなって、探してみたんですが、なつかしい手紙がいろいろ出てきたので、ちょっと、おもひでぽろぽろします。いろいろあったんですが、まずは、妹からもらった手紙の話から。

わたしには、年子の妹がいるんですが、彼女はちょっと「天才」っていうか、わたしも一般的にはかなり個性的な方かなとは思うんですけど、もう、妹と比べると、ぜんぜん普通の人だなって、心から思います。
もっとも、「天才だな」って思うようになったのは、わりと最近のことで、以前は、「この子、バカなんだろうなー」って思ってたんですけどね。

letter E

この手紙は、妹が山形県から上京して、八王子の大学に入学したとき、わたしは茨城で大学2年生だったんだけど、引越しとか、買い物とか、いろいろ手伝いに行ってあげたんですね。で、京王線の山田駅のそばにアパートを借りたんだけど、大学まで上り坂で5kmくらいで、バスもあったんだけど、バス代がもったいないから自転車で行くって言うので、デパートに行って町乗り用のMTBを買ったんですね。で、その自転車が届いたという手紙なんだけど、なにを言ってるのかいまいちわかんない。
「うまく乗れない」方は、まあ、なんとなくわかるんだけど、「足を高々とあげて片足づつ降りるしかない」っていうのは、どういう意味なんだかさっぱりわかりません。
あと、誤字ですが、「又がって」っておもしろいですね。
あと、「ご忠告」じゃなくて、「ご指導」のほうが適切かなと思います。

妹は、ふだん話しているときはためぐちなんだけど、手紙ではなぜか丁寧語。これは、なれないと緊張して丁寧語になっちゃうみたいです。今でも、1年ぶりくらいにあうと、なれるまで丁寧語です。筆圧が高いのはちっちゃいときからです。で、わたしがなんて返事したかは覚えてないんですが、たぶん、すぐにこちらから電話したんだと思いますね。

電話が20日に開通工事だったみたいなので、この手紙はいつ届いたのかな?と、消印を見てみたら、なんと、「八王子西局未納不足62円」ってはんこが押してあって、要するに切手を貼らずに出したんですね。やっぱ大物だわ。で、20日に八王子局の消印なので、茨城に着いたのは21日だろうから、やっぱりすぐ電話したんだと思います。覚えてないけど。

ちなみに、わたしは大学の宿舎に住んでたんですが、部屋に電話がありませんでした。当時は、携帯電話という物はまだなかったので、実家から連絡をとりたいときには電報がくるんですね。「シキュウ、デンワサレタシ、ハハ」とか。で、不在の場合は、その電報がドアに貼ってある。何かと思って公衆電話から電話すると、「荷物送るけど何か欲しい?」とか言うわけです。

緊張すると丁寧語になっちゃうところとか、天然なところは、去年なくなった母方の祖母によく似てるなと思います。

前に、祖母の家に遊びに行ったとき、「先週から、松平さんが英語でニュースを読むようになって困ってるんですよ。NHKに聞いてみてくれませんか。」って言うから、テレビを見てみたら、副音声になってただけでした。てな感じ。当時は妹に似てるとは気付かなかったんだけどね。

祖母は、茨城のとある町の駅長さんの末娘だったそうですが、女学生時代(昭和10年代)、自転車で駅まで行って、駅から汽車で少し離れた町まで通学してたそうなんですけど、小さな町だったので、自転車に乗ってる女子は祖母だけだったそうです。で、祖母は、寝坊してよく汽車に遅れそうになってたらしいんですが、遅れそうになると、自転車をちゃんと停めず、そのへんにガシャーンと乗り捨てて、駅の中に走っていってたんだそうです。祖母は、「自転車置き場に自転車を停める人がいなかったから、ちゃんと停めなくても大丈夫」と思って乗り捨てていたそうなんですが、不思議な事に(と、祖母が言ってたんですが)、学校から帰ってくると、毎回ちゃんと自転車が所定の場所に停めてあったそうです。

で、その話を聞いた後で、わたしと母は、そんなの、曽祖父の駅長さんが命じたか、だれかがこっそりやってくれたかわかりませんが、とにかく、駅長さんの娘が自転車を乗り捨ててたらみっともないからって、誰かが直してくれてたに決まってるのに、「不思議なのよ」と言い切ってしまうところは、やっぱり祖母もちょっとバカだったのかもしれないね、と話し合ってたんですが、「でも、E(妹)だったらそんなこと普通に言うよね」ってわたしが言ったら、「あ、すごい言いそう!」って。そういえば、顔もなんだか妹がいちばん祖母に似てるようで、「おばあちゃんは、わりとしっかり者と思ってたけど、本当は天然な人だったんだな」と思いました。

妹の天然っぷりで強烈に覚えてるのは、彼女は初潮が遅くて、中学3年までなかったんですけど、初潮が来たときすごいショックを受けて、「わたしは選ばれた子だから、生理になんかならないと思ってたのに!選ばれた子じゃなかったんだ!」って言って大泣きしてました。「選ばれた子」ってなんだよ?って思いましたが、どうも、生理になるやつは凡人だって、ひそかに見下してたらしいんですね。(ま、わからないではないですけどねw)

そういえば、わたしが中3で妹が中2のとき、わたしのクラスに、妹の部活(陸上部)の先輩(男)がいて、そいつは、ほんとかどうか知らないけど、痔持ちだということになってて、本人もそれをネタにしてたんだけど、あるときうちの妹に、「痔は男の生理なんだ、だから男は年頃になるとみんな痔になるんだ」って嘘を教えたんだそうです。
で、妹はそれを信じてしまって、クラス中の男子に、「○○、おめ、あど痔ィなっだ?」(○○君、あなたはもう痔になりましたか?)、「××、おめはでっけさげ、あど痔さなったあんでねが?」(××君、あなたは体が大きいから、もう痔になったんじゃないの?)とかって、聞きまわったらしいんですね。
で、わたしの部活(吹奏楽)の後輩が、「Eちゃん、先輩がらだまさいで、男子さ、あど痔さなっだがって、聞いてまわってるみでですよ」(Eちゃん、先輩からだまされて、男子に、もう痔になったかって、聞いてまわってるみたいですよ)って教えてくれたので、わたしは、「いい加減だごど言うな」って、痔野郎をうちに連れてきて、「ごめん、嘘でした」って、妹に謝らせたことがあったけど、思えば妹は、男子も生理になったらよかったのにって、思ってたのかもしれません。また、当時は気付きませんでしたが、痔になった男子なら見下せるっていうのもあったんだと思いますw

そんな妹ですが、その後、大学は2年で中退しちゃって、プロの社交ダンサー(ラテン)になるって言って、それは、大学のサークルで社交ダンスをやってたからで、それはそうなんだけど、さらに裏の理由は、サークルばっかりやってて大学さぼりすぎて、単位が足りなくて3年に進級できないからもうやめるってことだったんだけど(親には内緒w)、実際プロになって(社交ダンス界は男尊女卑なので、正式にプロなのはリーダーだけみたいですが)、30過ぎまでやってみたけど、やっぱ食えないからやめるって言って、派遣社員になって、わりと普通に働いてたんですが、たぶん性格とかは今でも、子供のころからぜんぜん変わってないと思う。

だから、恋愛とかもぜんぜんしないタイプで、恋愛なんてくだらないとか思ってるようで、一生独り者かもしれないって、母もあるていどは覚悟してたみたいだったんだけど、ラッキーなことに妹を好いてくれる人があらわれて、それでも妹はぜんぜんその気がなかったみたい(どんな人?って聞いたら、「別に。ただのおっさん」って言ってた)なんですが、彼ががんばって口説いてくれて、5年前にめでたく結婚しました。

妹のことをおもしろがってくれる、すごいいい人です。母もわたしも、いい人が気に入ってくれて、ほんとよかったよねと思ってます。

4 Comments on 妹のはなし

  1. 嫁と子供がいるから多分落ち着いてる〜。
    卒業文集は衝撃すぎて読み返しまくったんで良く覚えてますよ。タガログ語のくだりは多分『なわけないだろ』ネタでトロツキーとウソツキーは語感の共通性だと思います。ちなみに普段はお調子者じゃなくどっちかというと物静かなタイプです。ちなみに弟は数学オリンピック出たりしちゃってるのでマリアとは頭の出来が根本違うと思います。余談ですが1番下は毒舌オサレ姫というこれまたキツイ妹がおります。

    • ああ!トロツキーが、ウソツキーに、ツルハシで頭を割られて死んだのかw

      ちなみに、ソ連が崩壊するまで、ロシアってあんまり聞いたことなくて、「ロシア文学」とかは言ってたんだけど、要するに帝政ロシアのことをロシアって呼んでたから、エリツィンが出てきて、「ロシア」ってよく聞くようになった最初のころは、なんか変なのって思ってました。

      でもアメリカ人とかは、ソ連時代からロシアって呼んでた様な気もします。

      でもなんでトロツキーなんだろう。世界史の授業で習って音が面白かったとかかな。
      そういえばわたしも、オーストラリアにある「モウラ炭田」っていう名前がすごい気に入って1ヶ月くらいマイブームだったことがあった。

      風邪おだいじに。医者の不養生だの。

  2. うちは3人兄弟ですが真ん中がわりとマルチな天才6:秀才4みたいな弟でした。天然じゃなく若干狙い系。
    小学校の卒業文集は、「むかし○○な子がおってな」ではじまり自分の小学校の思い出(主に失敗談)を語り、最後に「おばあちゃん、その子はどうなったの?」と小さな女の子が聞いた時タクシーが墓地の前で止まり、祖母が「そぉれ、そこで眠っとるよ。」で締めるというお話でした。
    中学校に至っては「トロツキーはツルハシで頭を割られて死んだ。」からはじまり少しトロッキーについて書いた後、全くデタラメな出生話を書き(母がチベット旅行中に生まれ、その村に伝わる呪いで最初に耳にした言葉を名前にしなければ子供がプティングになってしまう。運悪く、父が名前を呼ぶ前に越中富山の薬売りが通りかかりゴンザブローと言うのを聴いてしまう。ちなみにゴンザブローはタガログ語で腹減ったの意味。だから実は僕の本名はゴンザブローなんです。それが彼女にばれて振られました。など)で最後に「トロツキーはツルハシで頭を割られて死んだ。ロシアの荒野にたたずむ1人の男がいる。彼の名はウソツキー」で締めてました。
    文集委員がカテゴライズに困り『中学生活で学んだこと』に無理やりねじ込まれたようですが担任から苦言を呈されたそうです。
    当時は弟のセンスに嫉妬してましたよ(。-_-。)

    • ウケるとどんどんエスカレートしちゃう感じかな?

      痔の人とかはそんな感じで、うそ話をべらべらとしゃべってましたね。

      中学生くらいの子って、ナンセンスが異常に好きだよねw
      大人になってからMADとか見ても、何がおもしろいいんだかぜんぜんわからないけど、若い子にはおもしろいんだろうね。若さだな♪

      あ、そういえば、わたしも中学生のとき、クラスで劇やるんだっていって、ナンセンスな話を作ったことがあったわ。内容はあんまおぼえてないけど。最後に双羽黒が親方を殴って出奔するっていう話だったような。

      弟君は、大人になって落ち着いたかしらん?

      てか、マリアは何でそんな詳細におぼえてんだ?一緒になって作ってたんじゃないの?

      あと、マジレスすると、なんで越中富山の薬売りがタガログ語を話すのか?ってことと、トロツキーとウソツキーの関係がわからなかった。

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