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ここ一ヶ月ばかり、いろいろ漫画とか本とか読みながら、ちょっとおもしろいことを考えてたので、それについてある程度まとまったものを書きたいと思ったんですが、だいぶ大きい話になっちゃっててなかなかまとまらない。というわけで、ちょっと関係あるような軽い話からしてみようかと思います。

まずは、よしながふみの「大奥」の話。大奥 14 (ヤングアニマルコミックス)
とはいえ、「大奥」は最近読んだ本ではありません。今日、なんか書こうと思ってから、ふと、話の枕にいいかなと思いだしただけで。ちなみに、「大奥」はけっこう頑張って買ってたんですけど、平賀源内が出てきて、赤面疱瘡の治療法ができるかもってあたりまでしか買ってません。10巻くらい?

とりあえず今日は、「大奥」では女の将軍が男をたくさん囲ってるけど、それってあんまり意味ないよねっていうようなお話をしようかと思います。

●隔離と監視

男の将軍に大奥が必要なのは、まず、将軍の妻が将軍以外の男の子供を産んだらまずいからです。間男されないように妻を隔離して監視するための場所なので、将軍以外の男は一切出入り禁止になっています。中国の宦官とかね。

これに対して、女の将軍の場合、自分で子供を産むわけですから、父親がだれであれ、将軍が産んだ子は絶対に将軍の子です。というわけで、女の将軍には、夫を隔離して監視しなければという動機づけがありません。将軍の夫が浮気して、どこか別の女に子を産ませた場合、その子は、将軍の子(次世代)にとっては異母兄弟姉妹になりますが、将軍自身にとっては赤の他人です。というわけで、女の将軍が夫を大奥に閉じ込めておくということに合理的理由はありません。

女将軍の夫がよその女に子を産ませるという事態は、男将軍の場合で考えると、離縁した妻が別の男の子を産んだ場合と同じことになるかと思います。家康の異父弟の松平定勝みたいな場合ですね。家康の生母のお大の方は、家康を産んでから離縁されて実家(水野氏)に戻され、そこから久松俊勝に再嫁しました。で、子供を何人か生むわけですが、その子たちは、家康にとっては異父弟妹ですから、家康からは一門に準ずる扱いを受けましたけど、家康の父の松平広忠から見たらまったくの他人にすぎません。

今の夫婦関係のように、子育てのコストを夫も分担すべきというシステムだったら、夫がよそに子を作るのは問題になるわけですが、子育てのコストは全部将軍(母親)が負担するわけですから、父親の役割って、将軍を妊娠させることだけですよね。で、夫を隔離して監視したからといって、妻の妊娠の確率が増えるわけでも、妻が産める子の数が増えるわけでもないので、隔離したり監視したりすることに意味はないと思います。

●多妻と多夫の違い

男の将軍の場合、大奥にたくさんの女を囲うわけですが、男の場合、たくさんの妻を持てば持っただけ、たくさんの子を得る可能性があります。当たり前ですね。
これに対して、女の将軍の場合、いくらたくさんの男を囲ったとしても、自分で産める子の数以上の子は持てませんから、たくさんの男を囲うことに意味はありません。たくさんの男を独占したいという気持ちは置いといて。
つまり、男の将軍がたくさんの女を独占することには合理性がありますが、女の将軍がたくさんの男を独占的に囲うことにはまったく意味がありません。もっとも、受精するかしないかには男女の相性もあるようですから、いろいろな男を試してみるということは意味があるかもしれませんが、男将軍の場合のように、配偶者の数が増えれば増えただけ、自分の子供の数が増えるというようなことはありませんし、また、配偶者を別の女から隔離・監視する必要もありません。

●そもそもの話をすると。

「大奥」における男女逆転は、赤面疱瘡という病気が流行って、若い男ばっかり死ぬようになって、男の人口が女の1/4にまで減ったのが原因だとされています。今、1巻を探してきて確かめました。
しかしながら、経済的な問題を除けば、男の人口が女の1/4になったとしても、特に問題はないような気がします。つまり、労働力としての男が必要ないなら、男が女の1/4になろうと、1/10になろうと、1人の男が4人なり10人なりの女を妊娠させれば済むだけの話なので、社会を維持する(人口を再生産する)上で問題ありません。

逆に、赤面疱瘡が若い女だけが死ぬ病気だったとしたら、たいへんな事になります。男女50万人づついたとして、最初の世代の女の3/4が死ぬと12万5千人になり、全人口は62.5万人になります。
以下、女性1人が5人の子を産むとして、生まれる子の男女比が半々で、生まれた女の子の3/4が死ぬとすると、次の世代では7.8万人の女と31万人の男で、合計38.8万人になってしまいます。このペースで人口が減っていくとすると、とても社会が維持できるとは思えません。グラフです。

ざっくりいって、六世代目は、59,605人(5.9%)になってしまいます。

一方、「大奥」の設定通り若い男だけが死ぬとして、同じく男女50万人づつからスタートして、労働力は女が担うことになるので女の人が産む子の数を2人として、子供の男女比は半々で、生まれた男の3/4が死ぬとすると、最初の発症によって4割の人口減になりますが、その後は同じ人口でキープできます。

つまり、社会の維持(人口の再生産)についていえば、女が死ぬことは大問題だけど、男が死ぬことはぜんぜん問題ではないということです。(何度も言うように、労働力の問題が解決するとすればですが。)

ちなみに、男が死ぬ赤面疱瘡の場合で、一人の女性が5人子供を産むことにすると、次のようになります。

六世代後には、600倍に増えてしまいます。これはこれで大変ですね。
要するに、女さえいれば、男は別にたくさん死んでも関係ないという話です。

というわけで、赤面疱瘡で死ぬ男の数ですが、対女比1/4といわず、1/10くらいになったほうが、むしろいいかもしれません。

というのは、「大奥」の世界では、男は労働力として期待されていないわけで、要するに単なる種付け要員にすぎません。男社会における女のジェンダーロールでは、子育てとか家事とかの家庭内労働をあてにされているわけですが、「大奥」の世界の男にはそうした家庭内労働力の提供が求められているわけではありません。ということは、男娼以外の男は、労働せずに無駄飯を食らってるだけなわけですから、労働者である女の1/4もいる必要はありません。

男が女の1/10だとして、出生率2を目指すとすると、一人の男が一生で20人の子供を持てばいいわけです。成人までに死ぬ確率を考えて、50人くらい産ませればよいでしょうか。けっこうな数ではありますけども、子供の面倒を見ることとは関係なく、単に妊娠させるだけでしたら、まあできない数字ではないと思います。というわけで、男がまったく働かない社会であるなら、女の1/10でもぜんぜん平気だと思います。(遺伝子プール的には問題があるのかもしれませんが、そのへんの詳しいことはわかりません。)

●配偶者の奪い合い

話を分かりやすくするために、無人島かなんかに、女1人に男5人の集団がいる場合と、女5人に男1人の集団がいる場合について考えてみましょう。

女1人が2年ごとに子を産むとすると(無人島では実際には無理でしょうが)、10年間で、同じ6人の集団から、前者では5人、後者では25人の子供が産まれます。子供を育てるコストを度外視して、単純に受精だけを問題にするなら、男が多い場合よりも、女が多い場合の方が、全体としての子の数は増えます。あたりまえですね。

▲男同士の競合

さて、1人の女を5人の男でシェアするという場合、乱交だったとすると、男にとって、生まれた子供が自分の子である確率は20%なのに対して、女にとっては100%です。
つまり、男同士の間で競合が起きています。確率的にいえば、10年たって5人の子が生まれて、ようやくそのうちの1人が自分の子であると言えるようになるわけです。
この確率を維持しようとする場合、男たちは相談して、子供一人づつをそれぞれ単婚で産むような取り決めをするかもしれません。そうしたら、一人の男は、10年かければ最低一人の子供を持つことができます。これは、同性間の競争に自信のない男が選ぶ選択と言えるでしょう。
自分の精力に自信のある男だったら、乱婚が望ましいかもしれません。他の男との精子間競争に勝てるならば、うまくすると10年で5人の子を持つ可能性があるからです。
また、腕力に自信がある男だったら、女を独り占めして、別の男が近づかないように見張るとか、その可能性を排除するために別の男を去勢してしまうとか、殺してしまうとかするかもしれません。で、このように男が男に殺されてしまったとしても、経済的な側面を除いて考えれば、集団にとっての損失はありません。つまり、男の数が減ったとしても、生まれる子供の数には影響しません。
というわけで、男にとって、別の男を殺すことは利益をもたらします。自分の子が生まれる確率が20%から25%になるからです。もう一人殺せば33%、さらにもう一人殺せば50%というように、殺せば殺しただけ、自分の子が生まれる確率は上昇します。労働力の減少という側面を度外視するなら、男にとって、競合する男を排除することは、自分のためになり、かつ集団全体にも迷惑をかけないわけですから、合理的な選択だと言えます。

▲女同士の競合

一方、女5人に対して男1人の場合、10年で25人の子ができるわけですけど、それぞれの母親にとって、自分の産んだ子が自分の子である確率は100%です。で、父親にとっても、それぞれの母親が産んだ子は100%自分の子です。他に男がいないわけですから。

というわけで、受精に関してだけいえば、複数の女による男の奪い合いは合理的ではありません。つまり、女は男よりも、同性間で競争をする動機付けがありません。また、男5人集団では、強い男が弱い男を殺したとしても、生まれる子の数に変わりはありませんが、女5人集団で、女が女を一人殺したとすると、集団全体の生産力に20%のダメージを与え、かつ、男の場合と違って、競合する女を殺したとしても、自分が自分の子を持つ可能性に変化はない(どっちにしろ100%)わけですから、女が女を殺すことは非合理です。てゆうか、女同士の場合、自分の子を持つということに関しては、同性と競合していないということです。(当然、男が女を殺すことも非合理です。集団全体にダメージを与えるからです。また、男が余っている状況なら、女が男を殺すことは、それによって自分の子が生まれる確率に変化がないので、特に合理的ではありませんが、そこまで非合理なことでもありません。男を殺しても子の数に違いは生まれないからです。)

複数の女の間で男の奪い合いがおこるのは、受精に関してというよりは、子育てにかかるコストの奪い合いという性質が大きいと思います。つまり、男に対して、子供に投資するコスト(子育て中の母親の生活費とか、子供に贈与する財産とか)を要求する際、男が他の女との間に子を持っているとすると、自分と自分の子がもらえるはずのコストが減るかもしれないということです。しかしながらこれは、男と女で繁殖戦略が異なることによる異性間の競合が根本原因であって、女とほかの女との競合というのは二次的な現象にすぎないと思います。

●異性間での繁殖戦略の対立

女にとって自分の子は自分で産むしかありませんから、生まれた子をちゃんと育てることがいちばん大事です。
それに対して、男の場合、自分の子を自分で産むことができませんので、出産はすべてアウトソーシングせざるをえません。というわけで、男と女の繁殖戦略の対立は、アウトソーシングとインソーシングの対立として考えることができます。

仮に今、女が子供を産んだときに、男の助けがない場合は半数が死んでしまうとします。女にとっては自分の子を最大化するためには、男の協力を得ることが唯一の正しい解決になりますが、男にとってはそうではありません。男の場合は、子育てに協力するのにコストを使うよりも、そのコストをたくさんの女を妊娠させることに使った方が、持てる子供の数を最大化できるからです。

例えば、子育てにぜんぜん協力せず、その分のコストを繁殖にまわしたとして、計4人の女を妊娠させられたとします。この場合、個々の女にとっては、半分の子が死んでしまうので、子供の数はそれぞれ0.5にしかならず、ちゃんと協力してもらったときの半分の成果しかあげられません。ところが男にとっては、0.5*4=2になるので、ひとりの女の子育てをサポートしたときの2倍の成果をあげられることになります。
ひとりの女を妊娠させて、その子育てをサポートした場合、子供の数は男にとっても女にとっても1ですから、要するに、男にとっては、ぜんぜん子育てにコストを使わないとすると、2人の女を妊娠させた場合でとんとん(0.5*2=1)、3人以上妊娠させることができたら、子供の数は0.5*3=1.5になるので、そちらの方が効率が良いということになります。実にアウトソーシングな考え方ですね。

このように、男と女では繁殖戦略が競合していて、女の損は男の得になっています。要するに、子育てのコストをだれが支払うのかということですね。というわけで、女の場合、同性間で競争する必要はありませんが、異性である男との間で競合・対立が発生するわけです。子供の出産&育児について、いかに男にコストを支払わせるかが重要だということですね。(「大奥」の世界では、男に経済力がないので必要ないことですけど。)
(かつまた、集団全体での子供の数の最大化という問題を考えた場合、自分の子を産まずに母や姉などの育児の手伝いをするヘルパーの戦略というのもありうるわけですね。ミーアキャットとか。ああいうのは、たぶんコスト的に合理的な繁殖戦略になっているんだと思います。)

●卵と精子

そもそも、出産&育児に関しては、特に胎生の場合、女の方が圧倒的にコストを多く支払わなければならないわけですが、この不均衡は、根本的には、生殖細胞を作るコストの違いに由来するものだと思います。(進化生物学の本をちょっと読んでみましたww)

有性生殖の場合の生殖細胞には、通常、大きいものと小さいものがあって、大きいもの(卵)は大きいから、作るのにコストがかかるので、たくさんは作れません。(子供が成長するために使うコストが入ってるから大きくならざるを得ない。)また、大きいので動くのに莫大なコストがかかってしまうわけで、結果として動けません。

つまり、卵は精子に比べて生産コストが高く、生産量が少ないわけですから、少数の卵に対して、多数の精子の間で競合が発生するのです。(もちろん例外はあります。昆虫(バッタ)とかでは、卵より精嚢を作る方がコストがかかる種もいて、そういう場合はメス同士がオスを巡って競合します。ちなみにその際の精嚢は、素敵な栄養源という付加価値がついていて、まだ卵を産めないメスも、食べるためにオスの精嚢を狙ったりするそうです。オスは大事な精嚢を無駄にしないために、慎重に繁殖相手を選ぶのだそうです。)

一方、小さいもの(精子)は、卵子に比べてお話にならないくらい小さいので、どんどん作ることができます。また、小さいので動くのに必要なエネルギーが少なくて済むわけで、結果として動けるようになっています。(動けない卵子に動ける精子が向かっていくということ。つまり、精子は運動性能において、精子同士競争してるわけです。)

ですから、生殖細胞の大きさの違いから帰結するそれぞれの繁殖戦略は、卵の方は少ない卵を確実に育てようとする量より質の堅実な戦略、精子の方はなるたけ多くの卵を受精させようとする質より量の投機的な戦略をとることになるわけです。
まとめると、

  • 女は、男よりも確実に自分の子を持つことができるが、持てる子の数は限られている。
  • 男は、女よりも多量の子を持つ可能性があるが、場合によってはぜんぜん持てないかもしれない。

ということになるかと思います。

●「大奥」についての感想

さて、話がだいぶ違う方向へ行ってしまいましたが、元に戻して「大奥」についての感想です。
まず、昔読んだときに、わたしがちょっと不満だったのは、例えばこんなところ(特に太字部分)です。

男子の人口は女子のおよそ1/4で安定し、男のあまりの生存率の低さゆえに、男の子は子種を持つ宝として大切に育てられ、女がすべての労働力の担い手にならざるを得なくなる。あらゆる家業が女から女へと受け継がれる事になる。そして婚姻制度は崩壊する。貧しい女達に夫を持つ事などは到底無理な事で、彼女達は花街で男を買い、種を付けてもらって子供を産む。(1巻14P)

ここでは「婚姻制度が崩壊」といわれていますが、この「婚姻制度」というのは、一夫一婦制又は一夫多妻制のことで、要するに、男が女を縛り付けておくための制度のことだと思います。まあ、そう言っちゃうと、若干きついですけど、要するにそういうことですよね。
「貧しい女が男を確保できない」から婚姻制度が崩壊したんじゃなくて、「社会の主体が、男から女に変わったから、今までの婚姻制度は意味をなさなくなった」というべきです。

今までさんざん述べてきたように、女と男とでは繁殖の基本戦略が違います。
男にとって、「自分の女」を確保することはなによりも大事なことで、場合によっては自分の命よりも大事なことかもしれません。(木村長門守とか、妻を妊娠させて、それで自分は死んでしまうというようなことは、男だからこそ可能なわけです。無責任はなはだしいことですが。でもまあ、例えば自分の子を妊娠している妻を守るために夫が死ぬとかいうのは、ある程度合理的な選択だと誰もが思うと思います。それに対して、夫を助けるために妊娠中の妻が死ぬとかって、誰が見ても非合理っていうか、意味が分かんない!って感じるんじゃないかと思います。それはともかく、長門守の妻は、十月十日はなにがあっても生き延びなければならないわけで、自分が生きのびることが責任を果たすことになるわけで、そういう感覚は、男には全然わからない感覚なんだろうなと思うわけです。)

それに対して、女にとっては、自分の産んだ子は絶対に自分の子ですから、自分の男を確保する必要は、経済的な要因を抜きにして考えれば、ぜんぜんありません。というわけで、経済の主体が女に移行したのならば、男が自分の子を産む女を排他的に確保しなければならなかったのと同じような意味で、「自分の男」を排他的に確保する必要はありません。この点では、男女のジェンダーが入れ替わったとしても、単純な逆転にはならないと思います。
つまり、男にとって、自分の女を確保することは大事なことだが、女にとって、自分の男を確保することはそこまで重要なことではない(経済的な意味しかない)、ということです。(異論は認めますw)

男同士の場合、女を巡って常に競合が発生するわけで、その結果、同性との競合に負けた「貧しい男」や「弱い男」は、自分の子を産んでくれる女を確保できないかもしれませんが、女の場合、子種さえもらえればいいわけで、自分専用の男を確保することにメリットはまったくないわけです。本当に自立してる女ならば。
これに対して、経済的に自立している男でも、アウトソーシングしなければ絶対に自分の子を持てないわけで、つまり、存在論的には、女なしで男が自立することはできないということになるかと思います。(だから、女を守るために男が死ぬってことには、ある程度の合理性があるわけですね。)
かつまた、男は出産&子育てにかかるコストを支払ってでも、女に自分の子を産んでもらうメリットがありますが、女は自分が産むわけなので、貧しい女だろうが金持ちの女だろうが、とにかく、女が男に対してコストを支払う必要は全然ありません! 支払うとしても、作中でいう種付料だけでよいわけで、これは女が妊娠・出産・授乳などで支払うコストに比べたら格段に安くすむはずです。いうなれば、現代の男が風俗で支払う金額(これには当然妊娠・出産・子育てのコストは含まれず、単にセックスに付き合ってあげることに対するコストなので、嫁をもらうより格段に安く済みます)と同じくらい支払うだけで済むはずです。(江戸時代の風俗は、妊娠するリスクがかなり高いので、現代よりも値段が高かったんでしょうかね?夜鷹とか、安い人はかなり安かったようなイメージがあるんですけど。)

というわけで、「婚姻制度が崩壊して貧しい女は夫を持てない」云々という考え方は、経済の主体を担う女の考え方じゃなくて、男に生活のためのコストを頼らなければならない女の考え方であるように思われます。自分をフィードしてくれる男を確保しなきゃいけないってことですね。けど、「貧しい女」じゃないのだとしたら、フィードしてもらう必要がないわけで、結果的に貧しくない女は男を必要としないってことになるはずだから、どうもこの部分、いろいろ矛盾があって気持ち悪いです。あるいは、経済的な依存ではなくて、精神的な依存なんでしょうか。そうだとすると、わたしとしては、そんな弱気でどうする!?しっかりしてよって思っちゃいますけども。

「大奥」には、他にもいろいろおかしいだろと思うところがあって、わたしからすると、要するに、「大奥」の世界は、女が主体になった社会に見えないってところが不満です。よしながさんとしては、たぶんそういうことが描きたいわけじゃないでしょうから、余計なお世話ではあるんですけど。

とはいえ、国家レベルで、女が主体になった社会って、今までの歴史でたぶんないと思うんですが、それはやっぱり、女には、そんなことしてる暇がないってことが原因だろうと思います。

たくさんの女(富・権力)を集めれば、自分がもっと充実できるだろうっていう考え方は、男的な考え方です。
女でも、たくさんの子を産んだら、より充実したと感じるかもしれませんけど、それはあくまで自分が産める範囲での話だと思います。無制限な女、無制限な富、無制限な権力を求める気持ちって、女の人からすると、なかなか理解しづらいところがあるんじゃないかと思います。(ま、女の人でも、自分の息子(つまり男)を介在させれば、自分の子孫を爆発的(男性的)に増やすことができるわけですけど。)

中学生の時、日本史の授業で、農業が伝来して、コメをたくさん作れるようになって、コメは保存がきくから、高床式倉庫とかに貯める人が出てきて、その人が力をもって、村ができて、それがさらに統合されて国になりましたみたいな話を習ったとき、そもそもなんで米をたくさん集めようとするのかがいまいちわかりませんでした。

米というのは食べ物で、自分たちが食べる分を確保して、それ以上に集めてどうするの?ってことですね。
で、先生に聞いたところ、農業には共同作業が必要で、たくさんの人を働かせるためにはたくさんのコメがいるんだみたいな話をされて、なんとなくわかったような気になったわけですが、どうもこの説明はマッチポンプのような気がします。

で、高校生の時に思いついたのは、男がたくさんのコメを持ってたら、たくさんの嫁を養うことができて、たくさんの子供を持つ事が出来て、で、男系ファミリーはすごい大きな集団になれるから、それで戦争とかすると強いから、国とか作ったりするようになったんじゃないかなという説でした。モデルとしては、なかなかうがった見方なんじゃないかと思います。

「▲男同士の競合」のところで述べたように、余剰分の男は、死んでも社会の生産力には影響しません。労働力としては当然影響しますけど。つまり、戦争で男が死ぬことは、その場合の労働力の犠牲に見合ったゲインがある場合には肯定されます。土地を得るとか、資源を得るとか。相手を従属させて相手の労働力を使えるようになるとか。そしてもちろん、女を得るとか。
それに対して、女が死ぬことは、社会の生産力にとっては常にマイナスです。というわけで、労働力の主体が女になった段階で、もし戦争になった場合に、どうするかについても考えておかないといけないと思います。「大奥」の世界では、たぶん戦争は絶対しないということになっているのだと思いますが、それにしても、国である以上は権力を維持するための力が必要で、その辺を武力じゃなくてどうやって確保するのかなというところがすごい気になります。やっぱ密偵と暗殺者を使いまくるんでしょうか。まあその辺はありそうな話ですけど。

あとは、男女間の権力闘争的な側面ですね。わたしとしては、女の1/4もの数の男がいて、しかも仕事がなくて暇というのは、大変危険な気がします。だいたい男は、余剰があったらすぐに馬鹿なことをはじめたがるものですから、そういう余剰男のエネルギーをうまいこと消耗させるような仕組みがぜひとも欲しいところです。
その際、男同士が連帯しないように、うまいこと男同士を敵対させるのがよいと思います。そういう意味で、大奥の仕組みももっとよく考えた方がよいかと思います。
よしながさんの趣味的には困ったことになるでしょうけど、衆道とかを認めるのは危険です。絶対禁止すべきだと思いますね。

もうひとつ、ちょっと物足りないと思った点は、女系でつなげていく場合、同母の妹をもっと重要視すべきだと思いました。男系の場合、部屋住みの男子は子供を作れないことが多いですが、女系で家系を維持しようとする場合は、部屋住みの女子にどんどん子を産ませるべきだと思いました。つまり、男と比べて、家長がたくさんの子を作れないので、同母の妹が分担して産むわけですね。で、同母の妹の子は、家長である姉の子と同じ扱いをうけるとか。その場合は、姉と妹の夫が同じ人というのもありですね。で、そうなってくると、男を囲う意味も生じるかと思います。とはいえ、やっぱり男を独占することには意味がないわけですから、囲わずに、単に同じ人に種付けしてもらうってだけで構わないか。その方が安く済みそうだし。種付けのアウトソーシングですねww 家の中での父親の権力が増えるのも問題でしょうし。

ところで、わたしが10巻あたりで読む気をなくしてしまったのは、なんだか赤面疱瘡の治療法ができて、男女逆転だったのが元に戻りそうな感じになってきて、結局、女が主体になって社会をドラスティックに変えるっていうようなことがおこりそうもなくなって、女将軍とか女大名とかって、単に男将軍とか男大名につなぐためのものだったの?って感じになってきたからでした。
大学の時に歴史学の授業で、女性天皇についての集中を受けたことがあるんですが、女性天皇って、結局男性天皇が立てられないときのつなぎにしかすぎないっていうような話で、つまんないなと思ったことがありましたけど、そんな感じになって来たように感じます。でもまあ、完結したらまとめて買って読んでみようとは思います。

長くなったので、今回はここまで。またあとで続きます。

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