新学期がはじまったぶしね。くまぶしもちょっと学校へ行ってみたぶし。

学校から帰ったら、いるかっぱの友達のロバ先生が遊びにきてました。

ロバ先生は、いわゆる高学歴フリーターで、大学の非常勤講師(かけもち)と、研究所のアルバイト研究員と、ホテルの夜勤アルバイトをやってます。月収15万くらいです。いけてないです。

ロバ先生は、今年から学校がひとつ増えて、3つの学校に行ってます。それで、教養課程で宗教学を教えてます。つまり、宗教学にはほとんど興味のない学生さんたちに教えてるわけです。

ロバ先生はロバなので、本当はロバ宗教学をやってるのですが、学校ではロバ宗教学じゃなくて、普通の宗教学を教えようとがんばってます。けど問題は、「普通の宗教学」というもののコンセンサスがないので、先生もどう教えていいかわからないみたいです。結局、ロバらしく、「宗教学入門」とかそういう本をいっぱい読んで、「普通の宗教学」の研究をしてるみたいです。

先生は教育学部出身で、しかも、教育学の修士をとってから宗教学に転向したので、授業はだいぶまじめにやります。感心ですが、学生さんたちからいい先生だと思われてはいないみたいです。ロバ先生は、いてもいなくてもおんなじという雰囲気なので、一般に、人から好かれたり嫌われたりすることがないです。たぶん、授業もあまりおもしろくないんじゃないかと思います。

ロバ先生によると、一般の学生さんは、「宗教」というと、宗教教団のことと思うらしいです。宗教が教団のことだとしたら、宗教学というのは、正確には、宗教教団学ということになるぶしね。これはようするに宗教社会学のことだぶしね。宗教社会学は、宗教学なのか、社会学なのか、くまぶしにはわからんぶし。いろんな意見があるらしいぶし。

教団というのは、組織だから、例えば「会社」みたいな概念とおなじなのかしらん?だとしたら、宗教教団学というのは、会社学みたいなものだぶしね。「会社社会学」とかいうものだったら、ありそうだけど、「会社学」が一つのディシプリンだというのは、ちょっと変な感じがするぶし。同じように、宗教社会学は社会学の一種としてあってもいいけど、独立した学問だというのはちょっとどうかと思うぶし。でも、「世界遺産学」とかいう学問もあるらしいから、まあいいか。

くま宗教学では、簡単に、宗教というのは、人が、神さまみたいなものに会うことだとしています。エリアーデというくまが昔、ヒエロファニーといったやつです。『聖と俗』という本に書いてあるぶし。くまぶしは別に、「宗教」という言葉にこだわる必要はないから、ヒエロファニー学とかいった方が楽でいいです。けどそれだと何のことやらわからないだろうから、一応、宗教学といってるぶし。

参考文献だぶし→聖と俗 〈新装版〉: 宗教的なるものの本質について (叢書・ウニベルシタス)

ヒエロファニーというのは、「なにか聖なるものが現れること」という意味です。「聖なるもの」というのは、出てくるとそれとわかります。なんでかというと、「聖なるもの」が自分をそういうものとして示すからです。人が勝手にそう思うわけではありません。

一つのヒエロファニーがあるということは、そこにおいて現れた「聖なるもの」が、自分をそういうものとして誰かに示したということです。けれどだからといって、その石が誰にとってもヒエロファニーであるということではありません。ようは、ある石において、「聖なるもの」を体験する人と体験しない人がいるというわけです。

このことから、ヒエロファニーに対して懐疑的な人は、ヒエロファニーは事実ではなくて、人間が勝手に思い込んだだけのものだといいます。まあ、そう思う人はそれでもいいでしょう。

くまぶしはわりと素直なくまなので、誰かが、「聖なるものにあった」といったなら、たぶん本当に会ったんだろうと思います。くまぶしが会ったことがない人は、くまぶしは会ったことがない人というだけのことで、自分が会ったことがないからといって、そんな人はいないのだというのは暴論だと思います。あと、ある人についての話は、その人に会ったことがある人に聞くべきであって、会ったことがない人に聞いてもだめだと思うので、くまぶしは、神さまについての話は、神さまに会ったことがある人の話しか参考にしません。

人間の歴史では、いろんな人がいろんな「聖なるもの」に会っています。すごくたくさんの「聖なるもの」が現れているというのは、それだけいろんな人に対して、ヒエロファニーがあったということです。くま的視点からすると、いろんなヒエロファニーを知るということが、そのままいろんな人間を知るということになります。そういうわけで、くまぶしは、「聖なるもの」に会ったことがある人の話を聞いて、それで、いろんな人が体験した「聖なるもの」の体験を勉強しようと思っているわけです。

ちなみに、そのものずばり、聖なるもの (岩波文庫)という本があるぶし。オットーという人が書いたぶしよ。この人はちょっとくまではないので、面白い本だけど難しいぶした。実は、岩波文庫もある。
Apr. 18, 2008
永遠回帰のくまぶし2008目次

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