最近、「センゴク」という、仙石権兵衛が主役の漫画を読んでて、やたら長いマンガなのでなかなか進まないんですけど、ようやく第二部の6巻まで読みました。仙石権兵衛というと、情けないエピソードしか知らなかったので、どうなるんでしょうと思って読んでいるんですけど、今のところ、なんかバカだけどかわいげがあるみたいなキャラでやっていこうということらしいです。で、話の中身はいいんですが、官職の読み方でいささかおかしいところがいくつかあって、細かい話ですが、少々気になりましたので今日はそのことを書こうと思います。

「センゴク」では、登場人物の名前を表記する際に、例えば、

仙石権兵衛秀久(せんごくごんべえひでひさ)

とか、

木下藤吉郎秀吉(きのしたとうきちろうひでよし)

とか、

柴田権六勝家(しばたごんろくかついえ)

といったように、

苗字+通称+諱

で書くか、

羽柴筑前守秀吉(はしばちくぜんのかみひでよし)

とか、

柴田修理亮勝家(しばたしゅりのすけかついえ)

というように、

苗字+官職名(受領名)or百官名+諱

で書いています。官職名というのは、正式に朝廷から任ぜられた場合、受領名というのは要するに官職を自称(主君が勝手に名乗りを許すとか)している場合、百官名というのはなんとなく官職風なタイトルを名乗っている場合です。で、こういう表記の仕方は、後で書きますけど、中世以降にわりと一般的になる表記の仕方です。(あ、よく考えたら「権兵衛」は百官名でしたね。百官名としては、「ごんべえ」ではなく、「ごんのひょうえ」と読むのでしょう。〇兵衛とか〇衛門という名前は、地方の人が兵衛府とか衛門府の衛士に行ったことを自慢して名乗ったものでしょうから、百官名の一種といえなくもないです。兵衛(ひょうえ)が平(へい)になっちゃって、「とりあえず吾平」とかになるともはや元の意味がわからなくなっちゃいますが。)

さて、わたしが「センゴク」を読んでておかしいだろと思ったのは、官職についてるふり仮名でして、たとえば、あきらかに誤植だろというレベルのはこれで、
「大輔」の読みがなぜか「たいひつ」になってます。
道三が新九郎であり山城入道であり、義龍がやっぱり新九郎であり左京大夫(一色左京大夫)であるというのは知ってましたけど、竜興の受領名なんか知りませんので、右兵衛大夫だといわれればそうですかと思うだけなんですけど、「右兵衛大輔」というのはないですよね。しかもそれを「たいひつ」と読むって。という話です。
しかしながら、そういう突っ込みだけだとみなさんわからないでしょうから、ちょっと説明します。

兵衛府というのは宮中を守る武官の役所ですけど、兵衛府の四部官は「督」「佐」「尉」「志」です。四部官というのは、お役所内の役職が、すべて「かみ」「すけ」「じょう」「さかん」の四つに分けられているという仕組みのことです。役所ごとに、漢字表記はいろいろありますが、要するにどんな漢字で書いても「かみ」「すけ」「じょう」「さかん」と読めばいいので、慣れると割と楽な仕組みです。今でいえば、国家公務員の「長官」「次官」「課長」「係長」みたいなものですね。長官は政治家ですけども。まあ律令制でも「かみ」はたいてい政治家ですから、似たようなもんです。

兵衛府の長官は「兵衛督」と書いて「ひょうえのかみ」、次官は「兵衛佐」と書いて「ひょうえのすけ」、次が「兵衛大尉」「兵衛少尉」と書いて「ひょうえのたいじょう」「ひょうえのしょうじょう」、その次が「兵衛大志」「兵衛少志」と書いて「ひょうえのだいさかん」「ひょうえのしょうさかん」と読むわけです。

で、竜興が「右兵衛大夫」を名乗っていたとウィキその他には書いてあるわけですけど、わたしは知らない話だったので、ためしに絵本太閤記を見てみたら、たしかに「右兵衛太夫」と書いてありますね。
さて、それでは「右兵衛大夫(太夫)」って何?って話になるわけですが、結論から言うと、「右兵衛大尉(うひょうえのたいじょう)に任ぜられている人で、かつ、五位に叙せられている人」のことです。これもちょっと説明しないとわかんないですねw(漢字としては、「大夫」が正しいです。点が付く「太夫」というのは芸人とかのことです。梅若太夫とか。もっとも、後になると適当になりますけど。)

四部官(かみ・すけ・じょう・さかん)には、それぞれ役所ごとに官位相当というのが決められていまして、兵衛府の場合は、

督(かみ)は従四位下
佐(すけ)は従五位上
大尉(たいじょう)が従六以上
少尉(しょうじょう)が正七位上
大志(だいさかん)が正八位下
小志(しょうさかん)が従八位上

と決められています。(詳しくは「官位相当」で調べてみてください。もしくは古語辞典とかの後ろに書いてあります。)

つまり、通常の場合、右兵衛大尉だったら従六位上に相当するわけなんですけど、右兵衛大尉のまま五位に叙せられる場合があり、そうすると五位なので昇殿を許されることがあるわけで、そういう人のことを特に区別するために右兵衛大夫と呼ぶんですね。

なんで「大夫」かというと、一般に、五位の人を「大夫」と言うからで、この場合「大夫」は「たいふ」と読むんですが、本来六位以下の人がやるべき「じょう」なのに五位なんだよということを示す場合の大夫は、混乱を避けるため「たゆう」と読みます。(と、昔学校で習ったんですが、根拠はいまいち曖昧です。)

というのも、紛らわしい話なんですが、八省の「すけ」は「大輔」と書いて、これまた「たいふ」と読むからなんですね。(もっとも、兵衛府の場合は、「すけ」が「佐」で、読むときは「すけ」だけですから、別に間違えないわけで、だったら「うひょうえたいふ」と読んでもよさそうな気がします。けど、そうすると、後で述べる太田牛一みたいな間違いを犯すこともあるんでしょうね。)

八省というのは、中務省・式部省・治部省・民部省・兵部省・刑部省・大蔵省・宮内省のことで、八省の「すけ」には大少があり、例えば、「中務大輔」「中務少輔」と書いて、「なかつかさのたいふ」「なかつかさのしょう」と読むんですね。

で、例えば正六位上相当の中務大丞(なかつかさたいじょう・なかつかさのおほいまつりことひと)の官職にある人が五位に叙せられて、中務大夫と呼ばれるときに、「なかつかさたいふ」と言ってしまうと、「中務大輔」のことだと思ってしまうので具合が悪く、だからこの場合の「中務大夫」は、特例として、「なかつかさたゆう」と読むというわけです。(中務大輔は中務大夫の2階級上司にあたるので、混同したらまずいわけです。この理由で、後で出てくるように、中務大輔を「タユウ」と読んだら混乱するわけで、わたしとしては「大輔」はあくまで「タイフ」と読むべきだと思いますが、江戸時代には武家や庶民の間では「タユウ」と読まれるのが普通だったようです。これはおそらく、「中務大夫」なんて、そもそも武家や庶民には関係ない話だからでしょうね。)

ついでに、もうひとつ混乱する話ですが、京職・大膳職・修理職・中宮職と東宮坊の「かみ」は、「大夫」と書いて「だいぶ」と読みますw
有名なところでは、大膳大夫(正五位上相当)の武田晴信、細川京兆家の右京大夫(従四位下相当)、一色家の左京大夫などですね。それぞれ、「だいぜんのだいぶorだいぜんのかみ」「うきょうのだいぶorうきょうのかみ」「さきょうのだいぶorさきょうのかみ」と読みます。やっぱり「大輔」と混同しないようにだと思います。もっとも、これらの役所の「すけ」は「亮」なので、大輔と間違えることはないかと思いますが。(大夫というのは、もともと中国で、卿の下、士の上にあたる身分で、要するに貴族です。士大夫という言葉もあります。ですから、音読みすると「大夫」と「大輔」はともに「たいふ」であり、これが転呼して「たゆー」になってしまうわけですが、もともとの漢語としてはまったく別の意味の言葉です。)

以上、ちょっと脱線しましたけど、今までのところをまとめると、

  1. 八省の「大輔」(おほいすけ)は「たいふ」と読む。
  2. 一般に、五位の人のことを「大夫」(たいふ)という。
  3. 五位になった「じょう」のことは、○○大夫と書いて、特別に、「○○たゆう」と読む。左近大夫(左近将監である大夫)とか。
  4. 京職などの「かみ」は、「大夫」と書いて「だいぶ」と読む。右京大夫(うきょうのだいぶ)とか。
  5. 役者や芸人などの場合は、「太夫」と書いて「たゆう」と読む。

ということになります。いろいろ紛らわしいですねw

右兵衛大輔について

というわけで、話を元に戻します。長くなりましたが、斎藤右兵衛大夫竜興というのは、「うひょうえのたゆう」と読むのが望ましいとわたしは思います。

で、先にあげた「センゴク」における竜興ですが、まず、「右兵衛大輔」という官職はありません。あるとしたら、右兵衛大尉についている五位の人という意味での「右兵衛大夫」ですね。
実は、これについては、「センゴク」の作者が間違ったというよりは、どうも、太田牛一が間違ったんじゃないかと思います。というのも、信長公記で「斎藤右兵衛大輔龍興」と書かれているからです。「センゴク」では、信長公記をよく参照しているようなので、間違いをそのまま写してしまったということなんでしょう。(もっともこれも、太田牛一が間違ったのか、翻刻した人が間違ったのかわかりませんけど、面倒なので調べていません。とはいえ、義龍の弟の斎藤喜平次という人も「一色右兵衛大輔」を名乗ったと信長公記に書いてあるそうなので、太田牛一には、大夫と大輔の区別がついていなかったのかもしれませんね。)
これは、「大夫」は通常は「たいふ」と読むわけなので、同じ「たいふ」ということで「大輔」と混同したということなんだろうと思います。まあ、間違いは間違いですけど、ケアレスミスのたぐいで、わからなくはないです。(もっとも、音が同じだけで意味はぜんぜん違いますけどね。)

しかしながら、この「大輔」を「たいひつ」と読むというのは、単純にありえない話です。
「たいひつ」というと、弾正台の大きい方のすけが「大弼」で、これを「たいひつ」と読むこともあるので、大弼と間違ったんでしょうかね。もしかして、「輔弼」という言葉の輔と弼を取り換えて覚えてて、輔を「ひつ」って読んじゃったのかもしれません。輔弼は「たすける」っていう意味ですけど、輔も弼も助けるっていう意味の漢字なので、四部官の「すけ」に相当するわけですが、音読みすると輔は「ホ」か「フ」で、どうやっても「ヒツ」とは読めません。というわけで、「大輔」を「たいひつ」と読むのはありえない間違いです。竜興については、漢字表記は「右兵衛大夫」で、振り仮名を「うひょうえのたいふ」とするのがよろしかろうと思います。

「少輔」を「しょうゆう」と読む間違いはなぜ発生したか。

ちなみに、「少輔」と書いて「しょうゆう」と読むことがあって、これは本来は間違いなんですけど、江戸時代ぐらいから定着してしまっている間違いなので、もはや間違いともいえないようで、現にわたしのパソコンでは、「しょう」または「しょうふ」とタイプしても少輔とは出ず、「しょうゆう」と入れないと出てきません。自分で単語登録すればいいんでしょうけどね。

ふりがな文庫さんによると、「しょうゆう」70%、「しょう」10%、「しょうふ」10%、「せうふ」10%になるそうです。(よく見ると、例が、7件1件1件1件しかありませんでしたけど。)
「しょうふ」を旧かなで書くと「せうふ」ですから、この二つは同じことで、「しょうふ」というのは、「しょう」よりも古い読み方です。もともとは、「大輔」が「たいふ」で、「少輔」が「しょうふ」だったわけですね。で、syouhuのhが脱落(ハ行点呼)して、syouuになって、母音連続でsyo:と読むようになったわけです。かなで書くと「しょう」ですが、発音では「しょー」ですね。というわけで、「しょうふ(せうふ)」から「しょう(せう)」への変化は自然ですけど、そこから「しょうゆう」という読みに変化するというのは不自然です。

ふりがな文庫さんであげられている例を見ると吉川英治とか菊池寛とかが「しょうゆう」と振り仮名を振ってるみたいですね。まあ、時代小説とかはけっこう「しょうゆう」と読んでいるようでもあります。司馬遼太郎とか。
「しょう」と読んでいるのは源氏物語の現代語訳。もっとも現代語訳でも「しょうゆう」と読んでいる例もあるようですが。
あと、「しょうふ」「せうふ」と読んでいるのは、黒田清隆の話と折口信夫の死者の書だそうです。前者は明治政府の官職ですね。確か明治4年くらまで「少輔」があったような気がしますが、これは「しょうふ」と読むことになっていたんですかね?折口先生は、奈良時代の話ですし、なにより折口先生ですから、本来的な読み方として「せうふ」と読まれているんでしょうね。

さて、「少輔」を「しょうゆう」と読むのがいつからの風なのか、わたしにはわからないですが、例えば元禄六年刊の「男重宝記」という本には次のように書いてあります。この本は、町民向けの雑学本で、今だったらムック本とかウィキペディアとかに相当するだろうもので、いろいろ断片的知識が書いてある本です。

一、中務省、式部省などといふ類、八省あり。八省の四分は、

かみ すけ ぜう さくわん
きやう た(せう)ゆう ぜう さくわん
大(少)輔

と書なり。(現代教養文庫1507 長友千代治校註『元禄若者心得集 女重宝記・男重宝記』 pp.222-223社会思想社1993年)

ここでは「大・輔」に「た・ゆう」と振り仮名が振ってあります。つまり、大輔(たいふ)が、「たゆう」と読まれるようになって、それを「大(た)」「輔(ゆう)」と当てはめたうえで、少輔に応用して、「少(しょう)」「輔(ゆう)」って読むようになったってことなんじゃないかと思います。先ほども言いましたように、輔は音読みでは「ホ」か「フ」ですから、どうやっても「ユウ」と読むことはできません。

「たいふ」が「たゆう」に変化するのは、たぶん音韻的な理由で、「言う」が転呼して「ゆー」になるのと同じことだと思います。試しに、「いう」と素早く一息に言ってみてください。なんか、「ぃゆぅ」みたいな音になりませんか?これは、「きうり」kiuriが「きゅーり」kju:riになるのと同じ仕組みの転呼です。
というわけで、taihuのhが脱落(ハ行点呼)してtaiuになり、さらに母音連続のiuが長母音化してju:になって、taju:(たゆー)になるという仕組みでしょうね。

ややこしいので、もういっかいまとめます。

  1. 漢字の熟語としての「大夫」は貴族のことであり、日本では五位以上(実質五位)の人を指す。(卿は三位以上)
  2. それゆえ、官職名として「大夫」を使う場合は、当然四部官の「かみ」に相当する。(右京大夫とか)
  3. 一方、漢字の「輔」は助けるという意味であり、「大輔」を音読みすると「タイフ」になるが、「大夫」とは同音なだけで、まったく違う意味の言葉である。(次官の上位という意味。おほいすけ)
  4. 日本語の性質として、大輔および大夫の音読みである「タイフ」が転呼して「タユウ(タユー)」になるのは自然なことである。
  5. 同様に、少輔「ショウフ」が転呼して「ショウ」と発音されるのも自然なことである。
  6. しかしながら、大輔が「たゆう」と読まれるからといって、「輔」という漢字を「ユウ」と読んでよいわけではないから、「少輔」を「ショウユウ」と読むのは間違いである。
  7. 間違いではあるが、江戸時代以降世間では定着してしまった読み方であるから、現代では「少輔」を「ショウユウ」と読むのを一概に間違いとはいえない。(でも本当は間違い。)

というわけで、タイフがタユウになるのは自然な流れと言えなくもないですが、タユウにあわせて少輔をショウユウと読むのはおかしな話で、本来的には間違いなんですが、江戸時代にはすでに一般的にそう読んでいたらしいので、今更間違いといってもしようがないですね。

「センゴク」における「大輔」の読み方

まあ、そういうわけで、また脱線しましたけど、「右兵衛大輔」を「うひょうえたいひつ」と読むということは絶対にありません。ちゃんとした出版社(講談社)なんだから、校正の人ちゃんと気づけよと思います。

「大輔」と書いて「たいひつ」と振り仮名がふってある例は、わたしが見た限り竜興以外はもう一人しかいなくて、

こちら、細川兵部大輔さんですけど、細川藤孝は実際に「兵部大輔」だったので、これは単純に、振り仮名を間違えただけですね。正しくは、「ひょうぶのたいふ」、もしくは、「ひょうぶのおほいすけ」です。今のところ、一回しか出てきていないので、今後どういう振り仮名になるかはわかりません。

「たいひつ」については、最もよく出てきていた「斎藤右兵衛大輔龍興」さんがお亡くなりになって以来、今のところ、上記細川さんしか見かけていません。

「大輔」の振り仮名については、その後、こんな例が出てきました。

「大輔」と書いて「だゆう」と読むバージョンですね。
「センゴク」では、「少輔」については、「しょうゆう」と読むことに統一しているようなので、だったら「大輔」は「たいふ」ではなく「たゆう」と読まなければ辻褄があわないので、「センゴク」世界では「大輔」は「たゆう」と読むのが妥当なのだろうと思います。(とはいえやっぱり「しょうゆう」はおかしいと思いますが。あと、五位の「じょう」を示す「たゆう」との区別がつかないですよね。ま、平安時代じゃないから、そんな人はもういないということでいいのかもしれませんが。)

少輔を「しょうゆう」と読んでいる例。

ちなみに、この「刑部少輔五郎」は、名前の表記としてはかなり滑稽な感じがしますね。
というのも、五郎は生まれた順番を示す通称(排行名)で、諱ではないからです。諱が不明なのだったら、斎藤五郎、もしくは、斎藤刑部少輔、あるいは、斎藤五郎刑部少輔と書くべきでしたね。(結城九郎左衛門尉親光とか、安藤太郎左衛門尉とかいうように、排行名をつける場合は、官職の前につけるのが普通です。そこから、太郎左衛門とか新右衛門とかいう名前ができてくるわけですね。ちなみに、太郎左衛門ではなく左衛門太郎と書くと、左衛門の子である太郎という意味になってしまいます。次郎三郎(次郎の三郎という意味)とかいう場合と同じですね。ですから、刑部少輔五郎と書くと、刑部少輔の五郎という意味(彼のお父さんが刑部少輔を名乗っていて、彼はその刑部少輔の五郎にあたるという意味)になってしまいます。彼自身が刑部少輔であり、かつ、五郎であるなら、五郎刑部少輔と書くべきですね。)

「センゴク」を読んだついでに考えた官職の読み方については以上。
書いててちょっと面白いことを思いついたので、つづきます。

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