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君の名は。について前に書いたのに対して、今頃になってりんちゃんがコメントをくれたんですが、返事コメを書いてるときに、ちょっと思いついたことがあったので書いてみます。(ビデオに録画してたのをもう消してしまったので、細かいところはあいまいです。)
君の名は。について皆さんどんなこと書いてるかって、前の記事を書いたときに、ちょっとは検索して見てみたんですが、あんまり面白いものがなかったので、そんなにたくさんは見ていません。というわけで、もしかしたらもう誰かに言われてる話かもしれないですけど。

この解釈のキモは、二人の入れ替わりについてですが、普通は、「過去のみつはが現在のタキ君の中に」、「現在のタキ君が過去のみつはの中に」、それぞれ入ってしまったと見るわけですけど、実はそうではなくて、みつははもう死んでいて、さまよってるのか、煉獄にいるのか、とにかくもう死んでしまって肉体を失っているみつはが、生身のタキ君の中に入った(憑霊)とみるところにあります。高校生タキ君の同時代にいる幽霊みつはが、タキ君の体に乗り移ったと解釈するわけです。で、ポゼストされたタキ君は、はじき出されるようにして、みつは(の霊魂)がいた煉獄的な場所にエクスタシー的に飛ばされるが、そこが煉獄だとは気づいていない。もっとも、みつはも気づいていなかったんでしょうけど。で、あちらの煉獄では、よくわかんないですが、ディープインパクトの瞬間までの時間を延々と繰り返してるとかいうことなのかもしれません。
(ロストの最終回みたいな感じ。)(煉獄というのは、死後天国と地獄に振り分けられる前にいるところです。)

みつはが煉獄的な場所にいると仮定した場合、肉体は死んでるけど霊体というかアストラル体というか、なんかそういうものがある場所で、妹とかおばあちゃんとか友達とか、ディープインパクトで死んでしまった村の人たちと一緒に、生前と同じように「暮らしている」と考えることも可能ですが、もしかするとみつはは、そういう煉獄的場所に「いる」のではなしに、この世に残留思念的にとどまっているだけかもしれません(こっちの方が新海監督好みだと思う)。そうだとすると、タキ君がみつはになって「体験した」と思ってることは、みつはの記憶をなぞっているだけということになりそうですが、みつはになってるタキ君も、おっぱいさわるとか、いくらか自由意志的行動ができるようですし、それに対して妹がつっこんだりするというようなところをみると、少しは客観性を持った世界であるようなので、やっぱり単なるみつはの記憶ではなしに、みつはの見ている「夢的世界」の中に「いる」というような感じでしょうかね。もちろん、客観性があるとはいっても、その世界は、最終的にはみつはが成り立たせているわけですが。(体がなくて、本体(霊魂)がタキ君の中にいるとして、それ以外に夢を見ているみつはまでいるのかといわれるとちょっと困りますが、まあ、霊魂なので、分割できるんだろうということで。)

その後、いったん入れ替わりが止まって、それからこんどはお神酒を飲んでタキ君の方から入れ替わろうとするわけですが、これはいうなれば降霊術みたいなものですね。で、降霊と同時にタキ君の魂は煉獄に飛んで、そこで「過去改変」をしようとするわけですが、これは実は「現実世界での過去改変」ではなくて、「バーチャルな世界での未来創造」だったというわけですね。
どういうことかというと、タキ君は過去に飛んだと思っていますが、実際は煉獄的な場所、もしくはみつはの夢的世界に行っただけで、どっちにしろ現実世界の時間とは関係ない世界なわけですよ。で、山の上でみつはINタキ君とタキ君INみつはが出会って、それぞれ本体に戻ったように見えましたが、そう思わせておいて実は戻っておらず、みつははまんまとタキ君の体をゲットして、しかも速攻そのことは忘れて、「なにやってんだ俺?」って言って、念願だった都会の男の子として生まれ変わって幸せに暮らしましたとさというお話だったというわけ。(それ以後のみつはINタキ君については、映画では描かれていないのでわかりません。なお、魂が本式に誰かの肉体に定着してしまうと、自意識が肉体の持ち主の自意識になってしまうというのは、「天国から来たチャンピオン」なんかがそうですよね。あれはちょっと切ない。)

一方、タキ君INみつはは、煉獄なのか夢なのか、とにかくそういうフィクショナルな世界で、いろいろ大活躍して村人をみんな助けたり、マトリックスの救世主キアヌみたいなもんですね。で、その後もどんどん世界を作り続けて、東京でタキ君とみつはが運命的に出会ったりするわけですけど、実はタキ君INタキ君とタキ君INみつはが出会ってるだけのことで、けどまあ、もともとタキ君は、みつは本人に会ったことなくても、顔(とおっぱい)だけで惚れることができるような人ですので、みつはの中身が実は自分でも、それほど問題ないんじゃないかなと思います。
で、ラストのセリフが、「きみ(あなた)の名前は?」とかって、けっこうギャグとしてはよくできてるかなと。

●新海監督の以前の作品で、女の子が眠り病みたいになって、彼女の魂がどっか廃墟っぽい世界で主人公(吉岡君)の助けを求めてる的な話がありまして、昏睡状態の女に萌えるというのはいささか趣味が悪いわけですが、新海監督の好みからすると、肉体が死んでしまって煉獄で助けを求めてるみつはというのは、かなりポイントが高いんじゃないかと思います。
で、「よし、助けてやるぞ」と勇んで入れ替わったタキ君が、そのままみつはとして煉獄から抜け出せなくなり、みつははタキ君の体をゲットしてめでたしめでたしというのは、いろいろクリティカルで面白いんじゃないかなと思います。
妄想したいんならお一人でどうぞ。その代わりあなたの体はいただきますねってことで。(井上夢人のダレカガナカニイル・・・みたいな感じです。)
タキ君にしても、夢の世界でファタモルガーナと一緒にいる方が性に合ってるでしょうし、体をとられちゃってもあながち不幸とは言えないと思います。

新海監督は、今までの作品では、自分の萌えのために、女の子を昏睡状態にしちゃったり、何光年もむこうで戦わせたりということをやっていて、「遠く隔てられてる僕たち」みたいな感傷に浸るのが好きなわけですけど、上記二作品(一番最初のやつと、北海道に塔が立ってる話)では、女の子の方が大変な目にあってて、「僕」はあんまり被害を受けていません。
ですけど、タキ君が自分の体をみつはにあげて、自分の魂は煉獄に閉じ込められてしまうということになると、今まで女の子たちが置かれていた状況を自分で引き受けることになり、かつまたそれによって女の子を助けることもできるわけで、たいへんよろしいんじゃないかと思うわけですよ。
で、もしかそうなったとしても、タキ君自身はそれほどつらいとも苦しいとも思ってなくて、むしろ自閉的な世界を「美しい」とか思って安住できてしまうような気がします。で、最後に、会ったこともないのにずっと自分を思っててくれて、ずっと自分を探していてくれたみつは(ただし中身はタキ君自身)と出会って、君の名前は?とか、そう考えると、かなり愉快な話になりますね。

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